認識の境界

2017

あらゆる視覚的情報を「見つめる」時間は減少している。
スマートフォンをはじめとした情報媒体の直感的なインターフェイスは「流し読み」に最適である。スワイプ操作の中で目にする流れるような文字情報はもはや言語や文字としてではなく、「情報」「意味」そのものとなって脳に流れ込んでくる。文字という表現記号のディテールはそこではもはや重要さを失い、直感的な情報や意味さえとれれば用を成す存在になっているのではないか。
かつて高速で読まれるための文字として「公団ゴシック」が開発された。今日、地に足をつけていながら高速で文字情報を読み取ることに慣れた我々の前で、フォントは再び適した姿を変えてゆくかもしれない。

文字はどこまでそのディテールを削られてなお、その文字として認識されるのか。本作はそんな実験的動機から発生した、タイプフェイスデザインの習作である。
本来表音文字であるひらがなを表意文字的にとらえ、構成要素をエレメントとして再解釈した。線の合体、省略を行い、その文字においてアイデンティティ的である要素は逆に強調し、可能なかぎりパーツを削り取った。
組まれた文章を読むとき、そこでは文字的な姿形ではなく、文脈からの読み取りに依拠した「情報」そのものが直感的に脳内へと再生される。
ユニバーサル、汎用性、そんなキーワードのもとで再編、再デザインされるあらゆるフォントたちの未来を見据えるとき、「認識の境界」を探ることは大きな意味を果たすかもしれない。